〜Bath Flower Remedy〜

お花のエネルギーで、こころを癒そう。私の好転反応の記録です。

緊張して堅苦しく考え過ぎてたのね

フラワーレメディー「ラーチ」13日目。
小さなことからコツコツと…、その発想が私にはなかったことに気付かされました。
初めからちゃんと出来るなんて滅多にないことだと知りながら、完成形を描いてた。
能力もないくせに完成形を目指し、そこに辿り着くため必死にもがいてたと言ったほうが正しいかもしれない。
きっとその姿は、周囲の目には「何をそんなに気張ってるの?」と映っていたことと思う。



小さなことからコツコツと…
それって時間が掛かるのよね。それがイヤだった。
だから早く辿り着きたかった。
そんなことを思っていたら、父を思いだしました。



何でも1回で覚えろ!!そういう主義の人なので、2度3度ということはありません。
父に言われることは一語一句聞き逃せず、しかもスピーディーに終わらせないと怒られます。
初めから高度のモノを求められるので、こっちはド緊張です。神経ピリピリ状態でリラックスして取り組むことが出来ない。
出来ることも出来なくなり、そうなると手先がまごつき更に不完成になっちゃうんですよね。
案の定、父に怒られ罵りが始まります。
「早いこと」が美徳の人だから、父が望むテンポに合わせるのは本当にしんどかった。
父にとって出来ることが当たり前だし、出来ないことはダメなこと、早いことは良いことで遅いことはダメなこと、そんなポリシーの人だから完璧で在ることが「普通」で、間違いを許さない。



そんな状態で「小さなことからコツコツと…」なんて、到底思えなかった。
思えないというよりも、コツコツやっていたのでは間に合わないという焦りや緊張のほうが強かったと思う。
コツコツとやらせて貰えるだけの時間的余裕があれば、いや、、、父の気持ちに余裕があれば私もコツコツやっていたのではないかと感じる。



初めから完成形でないのなら、ソレをやってもしょうがない、やる意味がない、不完全の私を見せて罵られるぐらいなら初めからやらないほうがいいという気持ちになったのかもしれないな(なんか、分かるような気がする)。



、、、けれど昨夜辺りから、少し変わってきました。
あれだけ苦手で億劫だった料理も、台所に立つのが楽しくなってきました。
ネットで料理を検索するのも面白くなっています。
余りものをアレンジして作り直すのも、自分のアイディアで楽しみながら出来るようにもなってきました。
料理って、それで良いんだなって思うようになりつつあります。
堅苦しく考え過ぎていたのかもしれません、笑。



こんなモノも作れない、あんなモノも作れない、この年齢でそんなモノも作れないこんな私は恥ずかしいんだって、そんなことばかり思ってました。自分にダメだしですね!
今となっては親からダメだしを喰らうことはないけれど、幼少の頃からこびりついている親からのダメだしは、今の自分をもダメだします。
けれど、少しづつ変化を感じとれて嬉しいです。

親のプライドと子供の自尊心

ダイエット効果を期待して、DHCサプリ「ココナッツオイル」を飲み始めたのだけど、この袋を飲み終えたらもう買わないと思う。
体質にもよると思うけど、痩せるどころか太りました😂😂😂



痩せたい気持ちは変わらないけど、今はダイエットよりも体質改善がしたいと思っています。
年齢と共に酵素が不足していくと云うけれど、酵素って大事な働きをしていることが分かりました。



で、次に目をつけたサプリはコチラ↓
DHC 熟成醗酵エキス+酵素 30日分
私の場合、目に見える変化を感じられないと続けられないタイプなので、先ずは1袋を試してみたいと考え中。



今日は、新しいレメディーも買いました。
バッチフラワーレメディ エルム 10ml
「エルム」はプレッシャーを感じて動けなくなっている時や、それが原因で気分の落ち込み、鬱状態を感じる時などに良いみたいです。
「ラーチ」を使っていて、「ん???」と感じる部分が出てきたので買ってみました。



フラワーレメディー「ラーチ」12日目。
肩肘を張る。
それをする器でもないのに「やってみせる」「やってやろうじゃないの」、、、なかば意地になって私にだって出来るんだ!と見せたくて、自分に無理させて頑張って殆ど溺れかかりながらやって来たことに気づく。



出来ない人だと思われたくないから、バカにされたくないから、この人じゃダメだわって思われたくないから。けれど、見る人には見えていたようで「無理しない」「自然体が一番」「背伸びしない」「ありのままが一番ラク」「肩の力を抜いて」「もっと気を楽にして」、そんな言葉を若い時から言われてきたことを思いだしました。




出来ない人だ、ダメな人だ、そう思われることがとっても嫌なのは今も変わらないけれど、何故なのかが分かってしまった(両親から、批判やダメだしを繰り返し浴びせられたことによる後遺症)。




苦手なことをあえてやらせて、その結果やっぱり上手く出来ないのは当然なんだけど、出来ばえが悪いと「どうしてお前は〜〜なんだ」「不器用だ」「要領が悪い」とバカにする。
あれ??これって虐めじゃない??
無理かもしれない、難しいかな?、そう思っているのにあえてやらせて結果を詰るのって殆ど虐めに近く、意地悪ココロに火が点いて楽しんでいる行為に等しいと今頃になって気がついたよ。



職場なんかではパワハラ行為って云うのかな。
出来そうもないことをワザとやらせて、その結果やっぱり上手く出来なければ詰る上司とかいますよね。
いやいや最初から分かってるんだよね、相手には厳しいってことを。だから結果なんてやらせる前から見当はついてるんですよ。
上司の目的はただ一つ相手の自信を崩壊させること。
(いゃあ〜小ちゃいねぇ〜、ホント小ちゃい器だねぇ〜。。。苦笑)



私、なんでそこに気づかずまんまと引っ掛かっちゃってたんだろ?
親に自信を崩壊させられていたのに(パワハラ)、自分の何処が悪いんだろ?って真剣に悩んでた。マジ悩んでた。
こんな自分はダメなんだ、このままじゃダメなんだ、ちゃんと出来ない自分は劣ってるんだってマジで思ってた。



ここに気づいたら、あんなに酷かった肩凝りがアラ不思議!!
ほとんど治っちゃった!!
どんなに頑張っても決して親から褒めて貰えず、認めても貰えなかったワケが分かったわ!!
そりゃあ褒めるワケがない、そりゃあ認めるワケがない、だって褒めてしまったら(認めてしまったら)親の価値が下がるものね。
本来は勝ち負けじゃないのに、子供の価値を認める(褒める、認める)と親自身が子供にすら負けてしまったと敗北感を味わうことになるものね。
それだけは絶対に逃れたかったのだろうな、、、



それは、親のプライドだったのだろう。
自分のプライドが破られるのを恐れ、その前に子供の自尊心を傷つけることで自身のプライドを守ろうとする。何故なら自尊心がズタボロになれば、歯向かってくることはないだろうからという心理なのかもしれない。

不要な緊張(プレッシャーに潰されるぅぅ〜😝)

フラワーレメディー「ラーチ」11日目。
昨夜はものすごい緊張で寝付けなかった。ようやくウトウトしかけたのは明け方5時半で、50分ほどで目が覚めてしまった(今も緊張が続いている)。
心身共に勝手に緊張モードにスイッチが入ってしまう、自律神経のように私の意思ではどうにもならない。



ここ数日ひどい肩凝りに悩まされていて、(右側の首、右側の肩、右側の腕)ピップエレキバンを貼っても薬を飲んでも治らない。
肩を、サポーターとか包帯をグルグル巻きにして固定されているかのように感じるし、とにかく右肩から右腕にかけて重だるくて堪らない。



右側は女性(肩は、身内)、怒りは痛みとして現れ、プレッシャーは重みとして現れる。
つまり身内の女性からプレッシャーを与えられることへの怒り、身を守るため常に戦闘体制を崩せず緊張してる、気を緩ますことが出来ないということか。



母の顔が浮かんだ。
いま思えば、きっと母自身がプレッシャーが大きかった人なんだろうなって思うけど、そのプレッシャーを私にも負わせてたんじゃないかって感じるようになった。
素直に助けてと言えないのか言いたくないのか分からないけれど、協力して欲しい(助けて欲しい)と思う気持ちを指示命令、支配というカタチで現すことしかしないので私にはソレが重荷でした。



結局ソレが嫌だから怒りが湧くんだよね。
母には、そんな私の姿は「反抗的」に映ってしまい更に追い討ちをかけ、何が何でも従わせるぞ!という気持ちになったんだろう。悪循環。



何でもかんでも一人で処理しよう、誰にも協力を仰げないのだから頑張らなきゃって思ってたんだろうな。誰にも頼れない、誰も頼る人は居ない、頼りたくても(父には)望めない、そんなふうに一人で何とかして行かないとって思ってたんだろうな。
それでも、それで済んでるうちは良いけれど、自身がアップアップ状態になれば心がいっぱいいっぱいで抱えきれなくなる。
そうなると今度は、その重荷がこっちに廻ってくるんだ。



けど、そんな母と私は似てるなぁとコレを書きながら思った。
私も一人で抱え込むんだよね。



そばに誰がいても、心の奥深いところでは、いつもいつだって一人ぼっちなんだよ。
誰とも繋がっていないの。
誰にも頼れない、誰も頼る人は居ない、自分が解決しないとって力んで不要な緊張が生まれてしまう原因はそこにあるのかな?
頼れる場所(人)が在るという安心感があれば、必要以上の緊張なんかナイよね。



・・・この緊張モードすごい!!早く肩凝り治って欲しいわ。
けれど、今までこんなに強い緊張感の中で生きてきたんだなって思うと、さぞかし周囲は私に近づきたくても近づきにくかっただろうと思う、苦笑。
だって緊張ピリピリのオーラを感じたら、怖いし不気味だよね😝
は〜私、相当ムリしてたと思うわ〜😓

煩わしさと寂しさ

フラワーレメディー「ラーチ」7日目。
人が嫌いではないと思うのだけど、「人」というものに対してどうしても心のブロックを感じます。
心を許した相手にはリラックスして付き合えるのに、たいした親しくもない表向きだけの付き合いだと、言葉を交わすのすら面倒くさいと感じて馴染めない。
社交辞令とか表向きだけの会話とか、そんなのには興味が持てない(ご近所付き合いなんか、そのいい例だと思う。煩わしい)。



相手からすると「あの人、絡みにくい」「とっつきずらい」「プライド高そう」、そう見えるのかもしれないけれど私には「今日は暑いですねぇ」とかどうでもいい話で、興味がない。
ところが親しい相手だと、そういう類の会話も苦じゃないのが不思議、苦笑。
自分の中で、この人、あの人、そんなふうにカテゴリー分けがあるんだろうか?
いや、、、親しいかそうじゃないかの違いか?
たいした親しくもないのだから、「おはようございます」「こんにちわ」その程度の会話で良いんじゃない?という、冷めた自分がいる。
無理に入り込んで来られるのがイヤだ。



かと思えば、私とは全く逆の人間もいる。
初めからグイグイ入って行き親しくなろうとしてるのか、自分という存在をアピールする為なのか真意は掴めないけど。
私にはそういうタイプは羨ましく感じられる、けれどその反面もう少し相手が持ってる距離感というものの配慮が欲しいとも思ってる(近づかれ過ぎることを嫌がるタイプもいるのだから)。



人と人との距離感って難しいよね。
相手は、どの程度の距離感が不快と思わないで居てくれるんだろうなんて分からないものね。
ま、それを知るために付き合いを深めて行くのでしょうけれど、、、
付き合って行きたいという気持ちが、私にはナイのかもしれないな(興味)。



もちろんこんな自分がイヤだと思う時もあるよ。
人との付き合い、人間関係に対するブロックを感じてる。
その原点は紛れもなく親子の関係だと思ってる。



父親と話をするのは数ヶ月に1度程度、しかも父から子供に話し掛けることはないに等しい。
父に話し掛ける時、私は清水の舞台から飛び降りるほどの勇気を振り絞った。なんで自分の親に話し掛けるのにそれほどまでに緊張しなくてはいけないのか?バカバカしい。
(父は)べつに帰宅が遅い仕事ではないから、毎日毎晩のように顔を合わせてたけど本当に会話がなかった。



母は口を開けば八つ当たりと命令。そんなの会話とは言わないよ。
話もしたくない、声を掛けられるのもイヤだった。
そんなふうに父とも母ともコミュニケーションが成り立たない。
いや、、、コミュニケーションを取りたいとは思ってなかった、取りたくなかった。



そこなんだよな〜。
分かってるのよね、人との距離感やコミュニケーションにブロックを感じる原点は、、、
そんな自分がイヤだったし、歯がゆかったし、つまずきを日々感じてた。
自分の責任なんだよね😂
そして、自分のそういうところがコンプレックスなんだ。
そのせいで寂しい思いもしてきたしね、、、



そんな時は、コレかなぁ?、、、
バッチフラワーレメディ ウォーターバイオレット 10m

あゝ、お金さえあれば、、、

フラワーレメディー「ラーチ」6日目。
「生まれ」についての劣等感。
(宿命だから)こんなこと思ってもどうしようもないのだけど、裕福な家庭に生まれて来たかったとつくづく思うこの頃。



お金持ちの家に生まれたら、幼少の時から色んな体験をさせてもらえる。
才能があれば、それを伸ばしていけるだけの環境を提供してもらえる。
進学だって、お金の心配をしないで行きたい学校に行かせてもらえる。
資格の中には、大学に行かないと取得できないものもあるけど、上の学校に行かせてもらえるだけの余裕があれば行くことも出来る。
就職にしても、やはりそういったレベルの人間たちが集まる場所では、知り合う人種が変わってくる。
生まれた時から大きな後ろ盾があるか否かで、体験も環境(の提供)も、自分が行く場所も、知り合う人間たちも、何もかも違ってくる。



負の連鎖。
お金がないから進学させてもらえなかったという父。
私たち姉妹も、やはりお金のことで進学を諦めたというか諦めざるを得なかった。
私がお金さえあればと思う原点は、お金がないから進学させてもらえなかったことで自分が望む方向からドンドンドンドン掛け離れた自分になって行ったからなのかもしれない。
これこそ「負の世代連鎖」だなって思う。



父は、お金のことでかなり悔しい思いをしてきたようだけど、結局その悔しさを私たち姉妹も味わうことに繋がっている。
お金がないことの悔しさなんか、引継ぎたくないわ😒
今度生まれてくる時は、セレブな家庭に生まれてきたい!!
「ラーチ」を使い始めて、やたらそんなことを思うようになった。



べつに贅沢な暮らしがしたいわけじゃない。
海外旅行、ブランド品、高級車、豪邸、そんなもんが欲しいわけじゃない。
ただ、、、ただね、お金がないことで芽を摘まれてしまったんだなって気持ちが拭えない。
私だって進学できたかもしれないとか、私だって環境が整ってれば(環境の提供)興味を持った習い事やらを伸ばせていたかもしれないとか、資格を取ってそれを職業にしてたかもしれないとか、どうしても思ってしまうの。



分かってる。自分は子供じみたことを思ってるってことを。
きっと、どこかで「私の人生、こんなはずじゃなかった」って思ってるんだろうな。
あ〜あ😫😫😫そんな気持ちが付き纏う。
行きたい方向に行けなかった、進みたい方向と掛け離れた人生。
あゝ、お金さえあれば、、、苦笑。

強迫神経症

フラワーレメディー「ラーチ」5日目。
ラーチを摂り始め、最初に現れた反応は自分の体臭が気になることだった(実際に自分が臭っているのかいないのか、その辺は定かではないのだけど)。
人ってさ、臭いについてはなかなか言い出しにくいから我慢してしまう部分があるでしょ、なので本当は臭いけど我慢してくれているんじゃないのかな?って思うと、罪悪感に近い感情が湧いてくる。



他者は「臭いのを我慢しているんだよ。言いにくいから黙ってるだけ」と思ってるんじゃないかって。
だから、人に対して遠慮とか罪悪感とか自動的に持ってしまうのかな?
(自分は、他者に不快感を味わせてしまう人間なんだという思い込み)



そこで何故か思いだした。
学生時代に直感的に思った。父はある種の精神疾患を患っているんじゃないかという疑問。
脳の回路や構造が、どこか壊れている人なんじゃないかって。



父は、強迫神経症なんだと思う。
窓や玄関の鍵、ガスの元栓、暖房器具、、、それ等の確認は程度の差こそあるけど誰もがする。
けれど私は、父のそういう姿を見るたび異常に感じてゾッとした記憶が甦る。



母は、とても心配症な人だと思ってたけど、いま思えば母も強迫神経症だったのかもしれない。
強迫神経症には幾つかの種類があるそうですが、母の場合は恐怖強迫が過ぎる。
母自身、自分だけ恐怖強迫を味わっていれば良いのだけど、その怖さを子供に与えいわゆる「巻き添え強迫」で怖さを共有しようとする。(←コレ本当は、良くないことだからやらないほうがいいらしいです)。



母は、姉のことを神経質な子だと言ってたけど、神経質な子に育てたのは紛れもなく両親なんですよ。
神経質とか潔癖性とか表現はあるけれど、私からすると強迫神経症の親の元で育てられたら、そりゃあ神経質にも潔癖性にもなるわなって思う。なって当然だと思う。



私もその傾向にあるのは自覚があって、恐怖強迫が強い。
母と違うところは怖さを共有しようとせず、自分の中に隠してしまう。
共有しようとしない理由は、自分が恐怖強迫を持っていることを恥ずかしいと感じて、たぶん他者からそれについて色々と言われるのがイヤだから。
人は考え過ぎだとか、思い込みが強いとか、気にするな!だとか、そんな言葉で終わらせる。
それを言われると腹が立ってくるので、言いたくない(だから共有しようと思わない)。



思えば子供時代から、私は父を汚物に思ってたんだよね。存在そのものが汚いものに思えてた。
理由はそれだけじゃないけれど、「これ以上、汚れたくない」って思ってた。
どうせ(私は)汚れてるなら、これ以上汚れるのはイヤだという気持ち。
これ以上、汚れたくない。
これ以上、(親によって)汚されたくない。
自分は、親によって汚された、汚されている。
そんな気持ちでいっぱいだったことを思いだす。



親も、家庭環境も、汚い。汚れてる。
そして何より、そんな汚い場所で汚い人たちの影響を受けざるを得ない自分が情けなく、そこでしか生きていけない自分がイヤだった。
親も汚い(キライ)、家庭環境も汚れてる(だからキライ)、それなのにソコに居なくてはならない自分も汚されていく(自己嫌悪)。



(時に、他者を毛嫌いすることをしてしまうのは、その人によって(私が)汚されたくないと感じてしまい防御なのかもしれないな、、、)



まさか「ラーチ」で、「クラブアップル」の反応が現れるなんて思ってなかった。
バッチフラワーレメディ クラブアップル 10ml

(姉の)声が聴こえてくる

フラワーレメディー「ラーチ」4日目。
私を批判する姉の声が、頭の中で何度も何度も私を襲う。
私がどれほどダメな人間なのかを、私に知らしめるため批判を繰り返した姉の言葉が、未だに私を苦しめる。



あんたに言ってあげられるのは私しかいない。
他人は言わないから。

如何にも貴方のことを思って、これは愛情から言ってあげてるのよ!だから感謝しなさいと言わんばかりに、嫌がることを繰り返し言ってきた。



私には、愛は感じられなかった。
それどころか妹虐めに思えた。
ズタボロにされ、自信を失っていった。
未だに姉の言葉を忘れることが出来ない。
何年経っても、何度も何度も私を苦しめる。



姉の目論見は、私の自信を失わせイキイキと暮らすことが出来なくなるように仕向けることだった(姉が、私に嫉妬していることは私は薄々気がついていた)。
すべては姉の、私に対する嫉妬心が原因だと分かっていても、あれだけケチョンケチョンにされては私だって気落ちする。



姉は、私にないものを誇張した。
私にないもの、、、それは子供。
ある時は子供に関する自慢、ある時は子供を通したママ友の自慢、結婚して直ぐに妊娠出来たこと(私はたぶん、不妊症?)等々。
ま、学生時代から子供は要らないと決めてたので、妊娠に関してはべつに気にしてない。初めから妊娠希望がないのだから。
ただ、実の姉がそういうことを言うってことに、私はショックを受けた。
この人、そういうことを言う人なんだなって。



なんかさ、思いだすと私の自信を失わせることを繰り返し言ってくる人だった。
母が他界してから、私のほうが先に距離を取り始めたし、それを姉も悟ったんでしょうね、連絡して来なくなった。私は、それで良いと思ってるし、それが狙いだった。
なので音信不通になって数年経ちます。
兄弟(姉妹)は、他人のはじまり。本当にそう思うよ。
昔の人は、良いこと言ったもんだよね!



強迫観念。
「〜〜しなければならない」、そこに縛られてるなぁと思う。
だから、自分を責める自分の声も聴こえてくるし、自分を見張る自分の目も感じてる。
姉から批判されなくなったのに、今度は自分が自分を批判して責めてるんだよね。
姉の声と、私の声が、重なりあってそれが私を苦しめる。