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〜トラウマのしっぽ〜

バッチフラワーレメディーの経過を綴っています。幾重にも塗り重ねられたドロを、お花のエネルギーで浄化して、持って生まれた魂の本質にもどりたい。生きやすさを感じられるように。

イライラする

そろそろ更年期対策が必要かなぁ・・・
何か手頃な値段でサプリを探してました。

DHC セントジョーンズワート 20日分 80粒

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ターンライフ

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リラックスの素 30日分

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今のところ候補は3種類。



イライラの原因。
ほんの些細なことであっても、「したいこと」をしていないのかもしれないとふと思った。



満たされていれば、嫌だなぁと思うことも「ま、しゃーないか!」と思ってやるだろうよ。
やりたいことをやらないで、義務感だけでこなしてることが多いと、そりゃあ嫌になるしイライラもする。



私、、、
何がしたいのかな?



贅沢なことは一つもない。
ただ、、、
一日中、思うままに過ごしたい。



●家事を一切しない
●上げ膳据え膳
●献立も考えない
●テレビ、寝る、ネット(好きに過ごす)


義務感だけのことはイヤだ、したくない(主婦業と仕事)
主婦という役割、従業員という役割、役割がイヤなのかな?
イライライライライライラ、、、😡
フォーカシングでもして、イライラの原因を探ろうか💧

鬱々

最後のモガキと見えて、昨日から雪が降り続き寒さがもどってきた⛄
毎年、春分の日あたりに最後のドカ雪が降る。



気分が晴れない。
とりあえず今月いっぱいで、おおかた目処がつくのだけど(仕事)、残されたその1週間が私にとっては苦痛。



業務上、ひとりひとりの気持ちを聞いていられないというのは当たり前だということは、私も分かってますが、そこをふまえてあえて書きますが、「嫌だと言ってることを、あえてさせる(させられる)」って、なんだ?(はっきり嫌だとは言ってないけど)。
そのくせ遣い回しの良いように遣われて、そこもストレスに繋がってる。



今の段階ではまだ書けないけれど、来月になったらもっともっとそれを感じながら働くカタチになるのは既に分かってる。
嫌なことを無理強いしてやってると、なんだか利用されてる気がしてくるんだよね。
仕事なんか、どこの職場にいてもそういうことはありますが。
そこを我慢して続けているのでしょうけど。
むかし同僚が言ってました、「俺たちは、将棋の駒だからな」ってね。
当時は私も若かったから理解できなかったけれど、実際そうなのよね。
上長にとって私たち部下は「将棋の駒」、上長の思うとうりに動かされるだけ。
あ〜イライラするわ😡



このところ思ってることがあります。
来月になったら、家の中(身の回り)の断捨離や掃除をして徹底的にしようかと…
とりあえず家の中をスッキリさせたい。
要らないものは、とりあえずなげる、なげる、なげる…
(なげる=北海道弁・ほかす、捨てるという意味です、笑)



それでは、行きたくないけど行ってきます(仕事)👋

思いあがり

フラワーレメディー「バーベイン」6日目。
この数日間キツかった〜、イライラが半端なくて抑えるのが苦しかったよ。
ただですらイラついてるのに、仕事に行けばお客さんにイライラするわ、誰かの仕事の進め方にはイライラするわ、思うようにコトが運ばないことにイライラするわ、とにかく何かにつけてイラついてた。



私って、いっつもイライラしてた人なんだなって思った。
地底深くに眠っている潜在的な怒り、これを私的にマグマとよんでいるんですが、実際のマグマっていつ噴火するか予測がつかないじゃないですか、それと一緒で私のマグマもいつ噴火(キレる)するか分からない。
ま、これは余談ですが。



とにかくこの数日間は、意味や理由、原因等を探ることはせずひたすらイライラを感じることにしてました。感情は、感じきると消えて無くなるそうです。
(俗に云うキレやすいタイプだったのかもしれません、苦笑)



思いあがり。
自分は必要とされているんだ、頼りにされてるんだ、出来るんだ等々。



本当に必要とされてる人や、本当に頼りにされてる人、本当に出来る人は、無用な頑張りはしないんじゃないかと思うようになった。
必要とされなくなる怖さ(疎外感)、頼られないことの怖さ(無視、拒絶)、出来ないとバカにされるという怖さ(責められる)、それが根っこに在る頑張りだった気がする。
頑張りたくて頑張ってたんじゃない、怖さから逃れるための頑張り。



こんなに頑張ってるのにという思いと、こんなに我慢してるのにという思いはイコールだったのかもしれないと気づく。



そもそもがマイナスから始まってる頑張りは、認められてない私、評価されてない私、バカにされる私、そこが前提になってたことに今の今まで気づかなかったよ。
前提が悪いわ、苦笑!
これって無価値な私って思ってるからなんだね。



こんな私じゃ愛されない、こんな私じゃ好かれない、こんな私じゃ…
自己評価の低さったらないねぇ💦
思いあがりは、無価値感や自己評価の低さの裏返しの心理だった😲



ありのまま、等身大の私では怒られるという潜在的な怖さから逃れたかったのかも…
ありのまま、そのまま、このままの私を受け容れてくれなかった両親の姿が目に浮かぶ。
親の理想や価値観を押し付けられ、それに従わないと怒られ罵られ皮肉られ、それが嫌で従ったけれど本当はとっても疲れてた。



自然体でいられる人、無理しない人、ありのままでいられる人が羨ましい。
そんな惨めな気持ちを味わいたくなくて、一段高い場所に自分を置いて頑張ってた。
これが俗に云う「プライドが高い」ってことかもしれない(?)。

背中を押してくれる出来事

仕事のこと。
もしかしたら、迷いながら働いている私にとって、退職という二文字に背中を押してくれる出来事なのかもしれないと思うことがありました(ここでは詳細には触れませんが)。



心が決まらない時って、それを後押ししてくれる何事かが起こるものなのかもしれませんね。
その時に気づくこともあれば、あれはそういうことだったのかと後で気づくこともあるけど。
真意が試されるっていうか、本音はどうなの?と問われてるかのよう…ね。



私も一時的には安堵を得ましたが(件について)、その後は何故か気が重たくなってきて「あ〜やっぱりイヤだな」って気持ちが再燃してきて、その矢先に背中を押してくれるようなことが起こったんだよね。気分の先取りでした。



何がそんなに嫌なんだろうと何度も考えてきましたが、究極な答はこの仕事が好きじゃないんだと思う、笑。
好きじゃないこと、興味がないこと、それをしてても楽しくない、つまらない、苦痛、嫌だ、多分そういうことだったのかも?と、たった今これを書きながら思った。



毎年、年初になると1年のテーマを決めている私ですが、今年のテーマは「嫌なことを、ひとつひとつ辞めていく」としています。
好きなこと探しをするより、嫌なことはしない(やめる)。
その方が自分には合っていると思うから。



実際にはスッパリと切れない分野のこともあるだろうけど、一進一退しながら行きつ戻りつしながらも「嫌なことを、ひとつひとつ辞めて行きたい」。
とりあえず歯医者に行ってきます(再びの更新まで( ^_^)/~~~)。

ひとりごと

いつの頃からだろう
自分じゃない自分になろうとしたのは



相手の理想に応えたら
私を好きになってくれるだろう
(だって私は貴方が好きだから)



相手が望む姿を演じるようになったのは
愛して欲しかったから
可愛がって欲しかったから



でも、叶うことはなかった
要求はエスカレートするばかり
私を軽んじて見下される一方だった
都合のいい人間としか
思ってなかったと思う



それでも愛して欲しかったから
そんな扱いにも我慢した
言いたいことも言わず
拒否したくても要求をのんだ



私の我慢が
実になることは
なかった



馬鹿だよな
そう思っても
そういう生き方しか出来なかった



自分を偽らなければ
軽んじられることも
なかったかもしれないのに…



愛情飢餓だと
相手の真意を見抜くことも
出来ないんだ
(愛されたいからね)
利用されて終わり
そして、利用価値がなくなったら
ポイされるだけ



「こんなに我慢したのに」なんて
馬鹿みたいなセリフだ



自分を偽ると
そういうめに合うんだなって
やっと分かった



ハナミズキの歌詞に
「僕の我慢が、いつか実を結び…」



私に限っては
そんなことはなかった
我慢が実を結ぶことなんか…

「バーベイン」と「我慢」

ひとりごと
(バーベインの気づき)



我慢


私は、そんなことでは怒らないのよ!
そんなことで言い返したりしないのよ!
貴方と違って器が大きいの…と


(無理で無駄な背伸びをしてたかもしれない、恥)


器の大きな人
寛容な人
そう思われようとしてたかもしれない、恥


そのための無理で無駄な努力をして
本来の器の小ささをカムフラージュ


大人ぶって
良い人ぶって
自分に相応しくない生き方を
自分にさせていたことに気づく


だから怒りたくても
言い返したくても
ぐっと堪えて我慢してたんだと思う


私は、大人なんだから…って


背伸びしてたな
本当は小さな人間なのに


すぐ怒る
怒りっぽい
短気


そう言われ続けた子供時代
(母と姉に)


二人への逆襲だったのか?
(よく分からないけど)


我慢する方向性が違う


我慢するとこがズレてる


我慢は怒りに変換された
溜まりに溜まった怒りの捌け口が
見つからなくて苦しかった(今も)

この怒りは「悔しさ」だった

フラワーレメディー「バーベイン」5日目。
鬱積している怒り。



はじめは、ほんの些細なことだったのかもしれない。
「ほんの些細なこと」だから、まあいいかと流していたんだろう。「これぐらいだからイイや」と。
その「これぐらいのこと」も、1個が10個、10個が20個になっていき気付けば膨大な数になって行く。
最初は目に見えないほどの小さなチリだったのに、いつの間にか大きな埃の塊になって部屋の隅に溜まってるのと同じ。
見て見ぬふりしてるうちに、手に負えなくなって行き掃除するのがどんどん億劫になっていくのと似てる。



もともと溜め込む性質だから(だと思う)、吐き出さずに我慢してしまう。
それが良い時もあるのは確かで、後であの時に言わなくて良かったと思える場合もあるのだけど、大概は「我慢してあげてるのに、貴方は全然わかってない」となってしまう。
誰が我慢してくれと頼んだというのだろうか、私が我慢するという道を選択しただけなのに、いつの間にか心の中で自動変換されてしまってる。



言い訳。
基本的に言い訳は聞きたくない人だから、自分も言い訳はしたくないと考えてる。
ま、それをしないからストレスが溜まって行くのかもしれないけど。



思い起こすと両親は、言い訳が通る人ではなかった。
こう思ったからこうしたと言っても、それは通らなかった。
両親にとっては、すべて言い訳に聞こえたのだろう。
いつしか私は、言っても無駄、言わない方がいい、どうせ聞き入れてくれないばかりか逆に怒られて終わり、それなら腹ん中でどう思っていても表面だけでも合わせている方が身のため、そう思うようになっていった。
多分それが習慣化しているんだろう。癖とは怖いものだ。



私が言い訳を聞きたくないと思うのは、自分の気持ちを言ってもすべて言い訳として受け取られ、親の言うとうりにさえしていれば良いという権威的な両親の影響は大きいと思う。
いつの間にかこう思うようになった、「金を出す方が、立場は上なんだ」と。
裏を返せば「金を出して貰ってるんだから、言うことを聞け!お前には意思表示する権利はないのだ」、そう言われてるのと同じだと思う。奴隷か?
家庭の中で繰り広げられる上下関係。悔しかった。
他所の家庭は、どうなんだろう?



本当は私もいやだ。
いつまでも親が悪いと、自分の両親を否定し続けることを辞めたいと思ってる。
この年齢になって、まだそんなこんなに拘ってグチグチ言うなんて子供じみてると。
過去にどんな思いをしてきたとしても、それは変えられない、それも分かっている。
バッチフラワーレメディーを使うと、行き着く果ては親との関わり(原点)に戻ると云われてるみたいだけど、本当にそうだと思う。
やはり、そこをクリアーにしないと「今」に生きられないのかもしれない(?)。



私…
たぶん親に言ってやりたかったことが、いっぱいいっぱいあるんだと思う。
本当は親に「怒りたかった」、怒りをぶつけたかった。
私はこんなに怒ってるんだよ!と、言ってやりたかったんだと思う。
そのつど吐き出してたら、こんなに鬱積なんかしなかったと思う。
怒りをぶつけたかった。
(親は)我慢していることは知っていたはず、だけどそこは見ないようにしていたんだなって…
そこを見てしまうと面倒なことになるから、自分たちが波風立てたくないもんだから、子供に煩わせられることが嫌だから、あえてそこは見ない(知っているけど知らんふり〜♪)。



あ???
もしかして、この鬱積している怒りは「悔しさ」なのか?
見て見ぬふりされた、知っているはずなのに知らんふりされたことに対する悔しさ。