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〜トラウマのしっぽ〜

バッチフラワーレメディーの経過を綴っています。幾重にも塗り重ねられたドロを、お花のエネルギーで浄化して、持って生まれた魂の本質にもどりたい。生きやすさを感じられるように。

母を食べつくす

フラワーレメディー「スクレランサス」15日目。
過食について。
(2通りのパターンがあるようで、過食嘔吐を繰り返すタイプと嘔吐しないタイプがあるようですね)



世間一般に見られる過食の域には達してないと思ってますが、スクレランサスを摂るようになって過食傾向にありました。
食べても食べても空腹を感じて、どこでストップを掛けるかが問題。
逆にお腹がパンパンなのに、食べたいという衝動欲求



はじめはホルモンバランスの乱れ?と思ってたけど、ある時からコレってレメディーの反応じゃない?って思うようになりました。


(ここに書けること、書けないこと、書きたくないこと、多々ありますが)


ふと思った。
過食は、母親が関係してると云われてますが、私も母子関係に歪みがあったのだとやっと認識できたように思います💦💦💦
実際、自分の母親が毒母だと思ったことはなく、いや、、、思いたくなかったのだと思います。
心の奥底で、母を庇ってました。
だから余計に苦しかったのだと、やっと気がついた。



たぶん無意識にも、母を食べ尽くしたかったのかもしれません(過食)。
(母を)食べて食べて食べ尽くし、跡形も無くしてしまいたかったのかもしれません。
すべて私の中に(胃袋)取り込み、消してしまいたかったのかもしれない。
母を消すことは出来ないけれど…



(過食は)代替行為だと分かっていても、過食することでなかったことにしているつもりになっていたんだろうな。
いま母を憎んでるわけではないけれど、母から「されたこと」はいつまでもいつまでも心の奥底にあって、「なかったこと」には出来なくて。
その気持ちが、過食という行為に繋がってたのかも(母を食べつくす)。



もともと「スクレランサス」は、家族とか血縁に深い関わりがあると云われているレメディーみたいだけど、まさしく…でした、笑。



もう、母を食べ尽くさなくて済むように、過去をスッキリ切れるように(母からの影響を断ち切る)、自分が自分として生きるためにこのレメディーが必要かもしれません。
バッチフラワーレメディ ウォルナット 10m
ウォルナットは、鎖の断ち手と云われているレメディーです。
何からも影響を受けず、自分の道を歩めるように(揺り戻しがないように)。
ウォルナットの指針は、「平常心」。

意思を尊重して欲しかった

仕事のこと(件について)。
あれから進歩がないまま時間だけが過ぎてヤキモキしてたのですが、たまたま話する機会がありました。



今回だけは、私も譲りたくない部分があります。
これまでは人員不足だから仕方ないと思って、協力する意思を行動で示してきましたが、それだっていつまでも続くわけはなくハッキリ言って疲れてた。
そしていつの間にか、もうこれ以上は嫌だ!という気持ちに嘘をつきたくないとまで思うようになってしまった。



無理してたんだ(と、思う)。
我儘だと思われたくなくて。
けど、それも疲れてしまった。
なので今回は、我儘だと思われても良い、頑固だと思われても良い、何と思われても正直な気持ちを示したいと思って本音トークをしました。
ここで妥協すると元の木阿弥です。
話し合いの山場は今後になろうかと思いますが…



本音を伝えたらスッキリした!



もう何年も前から、年初になると1年のテーマを決めてその年を過ごすようにしているのですが、2017年のテーマはやりたくないことは辞めるにしてました。
そのテーマの如く進んで行きたくて、今回の話し合いではソレを強調して伝えたつもり。
もちろんハッキリと「嫌だ。やりたくない」とは言いませんよ、言わないにしてもその気持ちは固いということは知っておいて欲しいと思ったから(何故なら、今後に関わってくるから)。



フラワーレメディー「スクレランサス」も、そろそろ使い終えます。
自分決める。



自分決断してもいいんだ。
自分決めてもいいんだ。



自分が決めるって楽しいものかもしれない(?)。
その喜びを何十年も棒に振ってきたんだなって思うと、どう表現したら良いのか分からない。
親の意向を取り入れると言えば聴こえは良いけど、これぐらいなら親も反対はしないだろうとか、これぐらいなら怒られないだろうとか、気を遣いながら決めたことは何処かしっくり来ないものでした(不満の元)。



親を説得できるほどの術もなく、従うしか出来なかった情けない自分。
そんな気の弱さや、意志薄弱さが追い討ちを掛けたのかもしれないけど。



自分が決められるって良いもんだね!
自分のことは自分で決める、そんな自由意思を尊重して欲しかった。

人の気持ちってなんだろう?

フラワーレメディー「スクレランサス」14日目。
適応という言葉が相応しいのか否か、人や環境や状況を観察し過ぎているのか、こうなったらああしよう、ああなったらこうしよう、そんなふうに場面に応じて自分の身の振り方を合わせて行くというスタイルが良いのか悪いのか。
私は、そういうことが多かった。



自分の考えや気持ちと裏腹な流れになっても、そうやってカメレオンのように振る舞うことに抵抗感もあったし、葛藤もあった。
その結果、不満タラタラで怒りも湧いてきた。
だったら自分の思うとうりにしたら良いのに、それをする勇気もなく躊躇われた。
それがストレスの元だったのかもしれないけど。



周りの状況や人間のことを考慮すると、どうしても答えが出せない。
人の気持ちばかりに眼を向けて、許される程度の答えを出そうと妥協する癖は子供時代からだ。
それは私の本意ではなく、丸くおさめるための妥協策だった。
揉めることなく嫌な気分を味わせることなく、私自身を守るためでもある中間をとる答。



それをしようとするから、出せる答も出せなくなる。
何に気を遣って遠慮しているのか…
欲しいものを欲しいと言わず(言えず)、「これでいい」と大した欲しくもないものを受け取る癖。
私が欲しいのは、この程度のものじゃない!本当に欲しいのはこっち!とは言えず、「いいよ」と貰っても嬉しくないものを手にする(う〜ん、なんか気持ちがモヤモヤするなぁ…)。



納得してそれを手にしたわけじゃないから、いつまでも引っ掛かる。
満足できていない。



(これを書きながら、父の顔が浮かぶ)



怒られない程度の答えを出そう。
攻撃されない程度の答えを出そう。
脅されない程度の答えを出そう。
許される程度の答えを出そう。
反対されない程度の答えを出そう。



そうやって父の顔色を窺いつつ、いつもいつも妥協案を考えた。
怒られてもいい、攻撃されてもいい、脅されてもいい、許して貰えなくてもいい、反対されてもいい、そう腹を括れていたら良かったのだけど、私には父を説得する力も術も持ち合わせてなかったし、何しろ父が怖かったから従うことしか出来なかった。



今まで、どうして私は腹を括って挑めないのかと自分に苛立ちを覚えてたし、その壁を超えるための勇気が持てないのかとジレンマだった。
もう、父の顔色を窺う必要もないのに…



欲しいものを手にするのに、妥協する必要なんかないのよね。
躊躇うこともないのよね。
欲しいものを欲しいと言わないから(言えない)、与えられたもので何とかするしかなくなるんだね。
自己主張が弱いんだ。
「これで我慢しなさい」と言われたら、納得してなくても受け取るしかなかった子供時代の延長線に居る。
与えられたものを拒否すると、「我儘だ」と言って怒りだす、それが嫌だった。
いま思えば、私の我儘ではない。
欲しくもないものを無理くり与え、それを受け取らないと怒りだすなんて人の気持ちを考えない邪悪な人間のすることだ。
それに、マンマとはまってたんだよな💦💦💦



相手の気持ちを考えるよりも、先ずは自分の気持ちを優先する親を見てきてるから、「私は、親のような人間にはなりたくない」そう思ってきた。
けど、時には自分を優先しないと決められないのかもしれない。
「スクレランサス」の指針は「決断力」だもんな。

いつも口だけ

*ひとりごと*


動機が不純なことって
思っても叶わないのかもね


仕事の件
あれから全く話が止まったまま


話を持ち掛けてきたのは上長
本当にその気あんの?って疑念が湧く


足留めをしてるのは
上長自身なんじゃないかって思ってる


自分から持ち掛けておいて
自分で足留めしてる(ような気がする)
なんじゃそれ😶


ま、私も今の状況から逃げたいだけで
(動機が不純なんだけどさ)


だいたいさ、無理があるのよ
人手のないとこから
人を回すのは


話を聞いた時
まずソレを思ったね、私は


本当に大丈夫?って


自分のとこに余裕がないのに
他所に回すなんて
厳しいでしょ


なんか結局またまた
話は「なかったことに」なる気もしてる
去年もそうだったからね
いつも「口だけ」


その都度
舞い上がる私も私だった
やっぱり当初のとうり
メインとする職場を他所に移すことを
考えたほうがいいのかな?


移れるんなら
それが一番いいのだけど


「口先だけ」で終わる提案なら
もう聴きたくないわ
そう思うこの頃

隠された怒り

フラワーレメディー「スクレランサス」13日目。
胃のムカムカと吐き気。
昨日の早朝からこれ等の症状に襲われ、胃薬を飲んでも全く効果が得られず昨日は一日中ムカムカして吐きそうだった。
救いだったのは仕事がお休みだったことで、午前中は歯医者に行き午後からは家でマッタリとすることが出来て良かったです。



胃のムカつきは読んで字のごとく、胃(意)に添わないことをしていてムカついてるんですよね、苦笑。
吐き気は、現実を受け容れられない拒否反応。
意に添わない現実に、ムカついて怒ってたと受け取れそうです😤



そのことに気づいた時、30年来の付き合いがある親友を思いだした。
ここ数年は殆ど互いに連絡は取ってないのだけど、それでも直ぐに昔の仲に戻れる関係だから特に気にしてはいないのだけど、実は彼女に対する不信感のようなものが10年以上続いてます。
詳細には触れませんが、私はそのことがネックになっていて此方から連絡することを断ちました。
相手から連絡があった時だけ普通に接してますが、ここ数年はなんか疲れちゃった…
彼女のリズムに合わせた付き合い方にね。




こんなに付き合ってきて勿体無いという思いもあるけれど、心の何処かでは「もう、いいかな?」という気持ちもあるんだよね。



で、認めたくない感情(気持ち)を隠して、そこはあえて見ないようにしていた自分に気が付きました。
彼女に対して、本当はムカついてたんです。
胸が焼かれるほどの怒りを持っていたことに気付いてしまいました。
「されたこと」に対する不信感と怒り(ムカつき)。



何故そういうことをしたのかは、本人(彼女)にしかその理由は分かりませんが、私はやっぱり件について忘れるとかなかったコトには出来ないのです(ずいぶん執念深いかもしれませんが)。



もう一つの気づき。
摂食障害(?)かどうか分かりませんが。
摂食障害と表現するには言い過ぎなかんじもするけれど、40代に入ってからガツガツガツガツ食べる時期と逆に食べれなくなる時期が交互にやってくるようになった。
空腹を感じて食べることもありますが、食べたいとか食べなきゃという衝動が見え隠れしていることもあって、これヤバイかも?と思って自分でブレーキを掛ける。



食に関する変化が浮彫りになった↑ちょうどその頃、時を同じくして浮上した思いが「母の子宮に還りたい」だった(子宮回帰願望)。
どんどんどんどん自分が小さくなって行き、10才⇒5才⇒0才⇒胎児⇒卵🍳⇒そして最後は姿形が見えない時期(母が身ごもる以前)にまで退行したいという気持ち。



母の子宮に還ったら守ってもらえる。だから還りたいって思った。
ありとあらゆることから私を守って欲しいと思った。
もう一度、母の子宮の温かみやフワフワのベッド(子宮)の感覚を味わいたいって思った。
母の子宮で暮らしていた頃は、幸せだったと思う(胎児の記憶はないけれど、そんな気がする)。



過食・拒食も、子宮回帰願望も母親との関係が深いと云われてるみたいだけど、自分もそこは否定できないと思ってる(愛情飢餓)。
母親の温もりとか温かみとか、母性とか優しさとか、「ちゃんと愛してくれたんだ」という実感が持てないのかもしれないな。
母は愛したつもりでも、私には伝わっていなかった。



これで次のレメディーが決まったかも…
バッチフラワーレメディ チコリー 10m
「ちゃんと愛してくれなかったよね」という恨み節(怒り)を手放そう。

絶対感

フラワーレメディー「スクレランサス」12日目。
おくびにも出さない。
腹の中で思っていることを、周囲に悟られないように振る舞う。
本心と周知されてる部分にズレがあり過ぎて、それが私を追い詰めてた。
周りを気にして「いい人」を演じ続け、そのうえ悪く思われたくないから本心と裏腹な言動を取り続ける、そのことがどれほど自分を苦しめてきたか。



腹ん中と表面化させる言動が、あまりにもチグハグ過ぎる。
うまく誤魔化せていると思っていたのは自分だけで、周囲にはバレバレだったかもしれないけれど、自分の中では外側と内側が辻褄が合っているようにしていたつもりだったのかもしれない(?)。
辻褄合わせに神経を遣い(外側と内側の)、現実を何とか過ごして行こうみたいな部分もあったかもしれない。
けど、心はいつだって葛藤と迷いの中にいた。



周囲に対しても自分に対しても、嘘をつき信頼してなかったんだなって、これを書きながら気づいた。
本音を明らかにするのが怖い。
本音を明かすと、弾かれたり、我儘だと思われたり、自己中だとか、嫌悪感を持たれはしないだろうかと怖くて反射的に取り繕ってしまう。



けど…
夫には何でも言うし、嫌われそうなことも言えるのに、なんで他ではチグハグさが目立つんだろ?
と、考えると、あることの違いに気がついた。
それは、こういう行動をとっても、こういうことを言っても、夫は絶対に私を見捨てはしないだろうという絶対感があることだ(腹の底から私を嫌うことはないという安心感や信頼感)。



絶対感がある、ない、その違いだけなんだ。
相手の人間性を信じることが出来て、信頼してるからこそ本音を明らかに出来る。
そんな絶対の信頼感なんだ。
それを思うと、私はやっぱり人を信じられず疑心暗鬼なんだなと思う。



人間が産まれてきて初めて会う相手は「母親」だ。
母子関係の何処かの段階で、私は母に対して疑念を持ったんだろうと思う。
乳幼児期に、母と子の信頼関係を結べなかったのかもしれない。
親を信じられないと、社会に出たとしても人間不信は引き摺るものだと思っている。
振り返れば小学生の時から、母のことを信じてはいなかった(疑いの目)。
そしてまた、母も私のことを信じてなかった。
どうしてうちの親は、子供を信じられないんだろう?と不思議だったし、我が子を信じられない親ってなんだろ?と感じてたことを思いだす。
ま、これは母子共にお互い様なんでしょうけどね。

すべてがカオス

ふと思った。
カタチになるには、時間が掛かるのかな?って。
そこに向かってアプローチすること、調整をかけることをしなければならないから。
早くカタチになって欲しくて(仕事上のこと)、イライラしたりヤキモキしてる私だけど、たった今「え?」と思った。



これって私自身が思い悩み、なかなか結論を下せないのと同じじゃないか?って。
私だって葛藤を繰り返し、考えあぐねてる。迷ってる。
なかなか決断できないではないか。
それを思うと「早くカタチにしてよ」「ハッキリしてよ」なんて、私が他者から言われたらどう思うだろう。
きっと「煩いほっとけや、あんたに関係ない。口出しすんな💢」って思うだろうなって考えたら、今の職場の状態にヤキモキしてもはじまらないのでは?と思った。



カタチになる時がきたら成るだろうし、結論据え置きにしようと上長が判断したら案件はお流れになるだろうし。
まるで私自身の心の動きと一緒だなぁと思った😒
外側で起きることは、自分の内面を映し出してるに過ぎないって云うけれど、本当にそうなんだね。
直ぐには決断できない、結論を出すには迷いが邪魔する、きっと上長もそうなのかもしれないなぁと思うことで「待つこと」が出来るのかもしれない(?)。
だって今の私も、そうなんだものね😜



そんなことより…
昨夜、義母が危ないと連絡が入った。
実は昨日から満月モードなんですけど(満月は今夜)、満月の日(前後数日含み)は人が亡くなることが多いと云いますよね。なのでちょっとドキッてかんじで…
私の母も、そうだったなぁと思い出しました。
大丈夫だと良いのだけど😱



なんかさ、仕事上のこともカオスで、私生活もカオス、ここまでカオスなら全て天に委ねるしかないね(ふぅ〜〜😫)。
さて、これからお仕事に行ってきます👋



*追記*

物事が起きる時って、心の準備がない時に起こるもの。
なんか、その言葉を思いだした。