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〜トラウマのしっぽ〜

バッチフラワーレメディーの経過を綴っています。幾重にも塗り重ねられたドロを、お花のエネルギーで浄化して、持って生まれた魂の本質にもどりたい。生きやすさを感じられるように。

存在アピール

フラワーレメディー「バーベイン」2日目。
頭にばかり溜まっていたエネルギーが、下へ下へと流れて行き身体全体に満遍なく行き渡り始めてる気がする。
頭にエネルギーが行き過ぎると、興奮してる意識はなくてもカッとなりやすく怒りっぽくなったり、熱狂的になったり冷静さに欠けるんですよね。



(近くにイライラしてる人、怒りっぽい人がいたとしたら、もしかすると頭にエネルギーが行き過ぎて頭頂部(上半身)と下半身のエネルギーバランスが悪いのかもしれませんよ、笑)



べつに落ち込んでるわけじゃないけど、なんかテンション低いです。
どちらかと言えば落胆に似た気分かもしれません。
上半身にエネルギーが行き過ぎていた時には気付かなかったけれど、いや…、気付かなかったのではなく私の思い上がり(傲慢)だったのでしょう。
今頃になって「あゝ、そうだったのか」と、ようやく悟った次第。



受け手によっては、「こいつの鼻、へし折ってやりたい」と思う人もいたことでしょうな…
なんか分かるような気がする。
いい気になり過ぎてたのかもしれません、思い上がり過ぎてたんだと思う。
独身時代に働いていた職場で、ある男性に言われたことがあります。
「本当は言ってやりたいこと沢山ある。でも、やるから(仕事を)言えないだけだ」と。
他の男性にも何やかんや言われたことがあったけど、当時の私は「じゃあ、お前らも負けないぐらい仕事しろよ」って思ってた。
「女の腐った奴みたいにグチグチ言うぐらいなら、仕事で見返して見ろ!!!」って思ってた。
尊敬できない男なんか、男として認めないぐらいに思ってた。



(さぞかし男性からは憎まれてただろうと思う、苦笑)
見下してる部分もあったし、敵に回してたと思う。



私ばっかり。
仕事でも何でも「私ばっかり」と思うことが多い。
今日も仕事しながら思ってた。
先ほどネットで検索してみたら、私ばっかりと思う時は頑張り過ぎてるんだって。
その頑張りを緩めると、私ばっかりと思わなくなるみたいだ。



思い起こせば子供時代から、そう思うことが多かった。
なんで私ばっかり損な役回りなんだろう?と。
その点、姉は口実で言い訳やらをして上手に逃げる。それを見ているとすごく腹が立った。
嫌なこと、面倒なことは、妹になすりつける。
母も母で、姉には甘かった。
その分、私に回ってきて母に抗議しても怒られるだけだった。
それを良いことに、姉は調子に乗った。
悔しかったよ、私は…



だからなのかな?
頑張っているとこを認めて欲しいとか、褒めて欲しいとか思ってたのかもしれない。
私は頑張ることでしか、周囲に認めてもらう手段がないと思い込んだのかも…
でもね、どんなに頑張っても父も母も褒めてくれることはなかったの。
母が私を褒める時は、本当にわざとらしかった。違和感たっぷりだった。ぜんぜん嬉しくなかった。
母が私を褒める時は、何かして欲しいことがある時か言うことをきいて欲しい時、そのどちらかだった。
褒めたら言うことをきいてくれるかも?なんて、浅はかな考えに私は母を軽蔑した。
それなのに母は、バレてないと思い込んでた。馬鹿みたい。
いくら鈍感な私でも、それぐらい分かるよ。



●根っこの部分では、男が嫌いだった(男より上位に立ちたい、心理的に)
●平等にして貰えないことが大嫌い



そのための頑張りだったのか(?)。



なんか「バーベイン」2日目にして、なんだかなぁと言った気分だ。
頑張りは存在アピールだったのか?