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〜トラウマのしっぽ〜

バッチフラワーレメディーの経過を綴っています。幾重にも塗り重ねられたドロを、お花のエネルギーで浄化して、持って生まれた魂の本質にもどりたい。生きやすさを感じられるように。

私のせいじやなかった

(忘れないうちに記録を綴っておく)


フラワーレメディー「オーク」。
信頼されるための頑張り。



信頼されたいから、信頼を裏切りたくないから、自分で自分にプレッシャーを掛けて頑張ることをしていた。
信頼されるための頑張りって、何だろ?
「このままの私じゃ信じて貰えてない」ということが前提の頑張り。
信用されてないんだというショック。



信用されてないということが、とっても屈辱的。
なんで信じてくれないの?
信じて貰えてないっていうことが、悔しかった。



頑張れば信じてくれるかも?って思ってたのかな?
それほど信用して欲しかった、と、いうことだ。



思いだすのは母のこと。
母は、私に不信感を持っていた。
けれど私にしたら、「自分の子供を信じられないなんて」と思ってた。
私のことを影猫だと罵り、親の目をかすめて悪巧みする子だと信じていた。



母は、不安だったのかも…
自分の子育てに疑心暗鬼だからこそ、「これでいいの?」と自問自答してたのか否か恐らくそこのところがネックになって不信感を募らせていたのかもしれない。
それは私の行いが原因ではなく、母自身の心の問題がそうさせていたんだと思う。



自分の子供すら、信用できない親。
親から、信じて貰えない子供。
どちらも不幸だ!
信じて貰えるように頑張るのではなく、信じられる心を持てるようになる方が先決だと思う。



(猜疑心の強さは、母譲り、笑)



人を信じること。
信じられる心を持つこと。
自分が、自分を、信じられないから、他人を信じることが出来ないんだよね。
それを自信がないと云うのか?
母は、文字どうり自信がなかったのだろう。
だから私のことも、信じられなかったんだ。



母の不信感は、私のせいじやなかったんだ。
私は、私に、原因があるのだろうなぁと思ってたけどそうじゃなかったんだ。



信じて貰いたいから頑張るなんて、信頼を得る為に頑張るなんて、前提がおかしい。
それじゃあ初めから、信用されてないということになる。
悪いこともしてないのに、企んでもいないのに、私が私で在ることの何が信じられないんだ?と、今なら母に言いたい。



私のせいじやなかったんだ。