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〜トラウマのしっぽ〜

バッチフラワーレメディーの経過を綴っています。幾重にも塗り重ねられたドロを、お花のエネルギーで浄化して、持って生まれた魂の本質にもどりたい。生きやすさを感じられるように。

私はモノじゃない「私物化しないで!」

フラワーレメディー「ロックウオーター」2日目。
心身共に軽さを感じて、思いついたら直ぐに動けるようになった。
これまではやることを後回しにして、やらなくても良いことをやって時間が過ぎていき、結局はどん詰まりになって「あ〜、もうこんな時間だ。やりたくないなぁ、やっぱり今日はやめよう。今度でイイや」の繰り返しだった。
で、そんな状態だとドンドン気が重くなり、何をするにも億劫になっていくのよね。



やらなきゃいけないこと、やっておいた方がいいこと、それが分かっているのに後回しにしていると、いつも心の中に残っていて気持ちが引っ張られてしまう(でも、やっぱり後回し、笑)。
究極は「やりたくない」んだよね。
「やりたくない」から、他のことして時間稼ぎしてるだけ、いくら時間稼ぎしてもいつかはやらなきゃいけないのに。



「やりたくない」には、ちゃんとした理由があるんじゃないかな?って、これを書きながら思った。
きっと他に、やりたいことがあるんだよ!
例えば眠くて本当は休みたいのに、ご飯を作らないとならない場面だと本心は「寝たい」んだよね。
部屋が汚れているのは分かっていても、掃除を後回しにする場面だと本心は何処か他にあるんだよね。



いま自分が一番望んでいること。
私…、自分にしてあげてなかった。
いや、したかったけれど、実際には「させて貰えなかった」と言った方が表現が良いかもしれない。
実家にいた頃を思いだす。



日常の何から何まで管理されて…
時間の使い方、行動…、すべて。
当時は分からなかったけど、いま思えばコントロールされていたんだと思う。
(好きにさせて←ココロの声)。



母からのコントロールに、私は早くこの家を出たい、自由になりたい、好きに過ごしたい、お願いだから(私の)心を自由にさせて、縛らないで、ことごとく感じた思い。
母の思うとうり動いて、母の思うとうりにしないとならないってことは、お母さんの気持ちを満足させて!と言ってるのと大差ない。
逆らうと、かなりしつこい。怒りだす。
面倒くさいから表面上は、言うことを聞いておく。



母の気持ちを満足させ、父の顔色を窺う暮らしは、ほとほと疲れてしまった。
自分の為にエネルギーを使う余力なんかない。
(このへんは↑「オーク」の気づきかもしれないけど)



あの頃の私が望んでいたことは、管理しないで欲しいということだった。
私が「今」こうしたいと思ってることを、させて欲しかった。
大それたことではなく、ほんの細やかな望みを叶えさせて欲しかった。
眠いから昼寝をするとか、そういう細やかなこと。



私物化してたんだろうな…
私は「モノ」じゃない。
私にだって意思はある。



猫や犬、動物にだって感情(気持ち)はあるんだよ。
人間ならなおのこと感情があるよ。



私は、「モノ」じゃない。



きっとうちの両親から見ると、(子供は)姿形は人間だけど「心など持ってない」かのように錯覚していたんだろうな。
そこが私からすると、私物化されてたような気になってしまう。