〜トラウマのしっぽ〜

バッチフラワーレメディーの経過を綴っています。幾重にも塗り重ねられたドロを、お花のエネルギーで浄化して、持って生まれた魂の本質にもどりたい。生きやすさを感じられるように。

客観性に欠けてた

フラワーレメディー「ミムラス」3日目。
夢を見ました。
映画のスクリーンを見ているかのように、自分が、自分を、見ていました。



思慮がないというか、眼力がないというか、そんな自分を思い知った。
考えているようで深く物事を考えてない、相手を見ているようで洞察していない、他人からは何も考えてない人のように見えていたんだろうな。
頭の回転が良い人には、意図も簡単に騙すことが出来そうな類ですね、苦笑。



夢の中で、ふと母のことを思いだして、そうか!と納得できた部分があった。
うまく言葉に出来ないのがもどかしいんだけど、お母さんが機嫌良く居られるように気を遣ってね!ということだったのだろうなと(いま思えば、自分の機嫌ぐらい自分でとって欲しいわ、笑)。



相手に嫌な思いをさせないように気を遣い、相手を怒らせないように気を遣う。
それって、母のご機嫌が悪くならないように気を遣っていたあの頃と一緒じゃないか。
「言えない」のではなく、「言わない」を選択するのは母とのやり取りが面倒くさいからだったのかもな。だって機嫌とるの面倒くさいし!笑。
あ、そういえば人のご機嫌取りがイヤだとずっと思ってたけど、それって母が原因だったんだな(爆)。



そんなことに気付いた夢でした。



あれですよね、人が何に反応して怒るのか、何に反応して気を悪くするのかなんて、その人の怒りスイッチが何処に在るのかで違うし、それってこっちに責任があるんじゃなくて相手の受け取り方なんですよね。
相手が怒ろうが、気を悪くしようが、そこまでこっちが気を回すことしなくても良いんじゃないかと、これを書きながら思った。



相手の気分を害さないために、自分の気分が悪くなるなんてナンセンス!
相手の気持ちを優先に考えて、自分が犠牲になるなんて、そりゃあストレス溜まるわな。