〜トラウマのしっぽ〜

バッチフラワーレメディーの経過を綴っています。幾重にも塗り重ねられたドロを、お花のエネルギーで浄化して、持って生まれた魂の本質にもどりたい。生きやすさを感じられるように。

母への遠慮

フラワーレメディー「ミムラス」13日目。
夢を見た(長くなるので内容は割愛)。



本当は、好きじゃなかった。
本当は、べつにしたい事ではなかった。
だけど、人に勧められて、自分もべつに良いかなぁという軽いノリで始めたことで、最終的に相手を怒らせてしまったし、私も後悔してた。



そんな夢を見て、私は、私には、自分がなかったのだと思い知り「空っぽな自分」だったことを自覚した。
したいことも、やってみたいことも、夢や希望がなかったわけじゃない。
けれど、それを許してくれる環境ではなかった。
言ってもダメすべて却下だと、人間って諦める方向に行ってしまうものでドンドン枯渇する。
意思を持っても意味がない、私が選んだモノは反対される、意欲があっても仕方ない、そんなふうになって行く。



そのうち、言われたことをやる、勧められたことをする、興味がなくても強要されたことを嫌々ながら引き受ける、そんなふうになった。
そして「自分が空っぽ」になっていたことに、気がつかないまま時が過ぎた。
そこを気づかせる夢だった。



母。
幸せそうに見えなかった、楽しそうに見えなかった。
不自由で窮屈で、いつも父に右習えで不満を溜め込み抑圧ばかりの人のように私には見えていた。
本当はどうかは分からない、それは母にしか分からない。



私が意思を持って、やりたいことをやって言いたいことを言って好きに振舞ったら、母に「悪い」と思ってたんだ(と、気がついた)。
だって母は、やりたいことも言いたいことも好きに振る舞えないのに、それなのに私がしても良いのかな?って、へんに気を遣ってた(遠慮)。
だから私も、母と同じく不自由で窮屈なままじゃないとって思い込んでた。



母の生き方を、真似ていたんだと気づく。



母のようにはなりたくない、そう思いながら結局は母みたいになっている。
それもまた嫌だった。
「母に悪い」という罪悪感は、私を空っぽにしてたのかもしれない(?)。
意思を持ちたい、けれど、母に悪いから遠慮する、この図式(なんじゃ、こりゃ)。



罪悪感には、、、
バッチフラワーレメディー パイン10ml