〜トラウマのしっぽ〜

バッチフラワーレメディーの経過を綴っています。幾重にも塗り重ねられたドロを、お花のエネルギーで浄化して、持って生まれた魂の本質にもどりたい。生きやすさを感じられるように。

自分を卒業したい

フラワーレメディー「ミムラス」16日目。
惨めで哀れ。
自分が、惨めで哀れで、何の力もなくちっぽけな人間に思えてた。
こんな自分が恥ずかしいとさえ思ってた。



人前に(自分を)さらすのが恥ずかしい。
どうしてこんなに自分のことを、恥ずかしい存在だと思うようになったのか。



あんな家庭が恥ずかしかった、あんな親(父)が恥ずかしかった。
他人には隠しておきたかった、バレることが怖かった。
人にバレたら(穴があったら入りたい)、そんな気持ちだった。



こんな家庭であること、こんな親(父)であること、とても恥ずかしくて友達には絶対にバレたくなかったけれど、ある日ある時バレてしまった。
友達は「◯◯ちゃんのお父さんって、へんだよ!変わってる」、そう言った。
実際そのとうりなので、私は返す言葉が見つからなかった。



特に学生のうちは、親が出る場面が多い。その度に「はい、私が父親です」みたいな顔して人前に出られるのがとても嫌だった(そんな時だけ父親ヅラして…という気持ちが抜けない)。



(家庭や親を恥ずかしいと思ってるから、私自身のことも恥ずかしい存在だと思えてしまうんだろうけど)



子供時代、いつも思ってたことは「もう、これ以上、汚されたくない」だった。
私という存在を、親という存在で汚して欲しくないと。
親によって汚されれた、と、いう被害者意識があったことは否めない。
どんどんどんどん、自分が汚れていく、それがとても嫌だった。
自分が汚れた存在に思えてしまう。



あ?…、もしかすると「あああああ嫌だ!」と時々襲ってくるのは、こんなちっぽけな自分であること、自分が汚れた存在に思えてソレを嫌がってることが理由なのか?
こんな自分に嫌気がさしてるのかもしれないな、苦笑。



何がいや、かにがイヤって、惨めで哀れでちっぽけな自分に思えて嫌悪してる自分が、一番イヤなのかもしれないな。
こんな自分を卒業したい!