〜トラウマのしっぽ〜

バッチフラワーレメディーの経過を綴っています。幾重にも塗り重ねられたドロを、お花のエネルギーで浄化して、持って生まれた魂の本質にもどりたい。生きやすさを感じられるように。

必要ないなら・・・

いゃあ暑い日が続きますねぇ。
この暑さは中国大陸から風に乗って(北海道に)運ばれてきてるそうですが、マジ暑いよ!
だいたいさ、この時期の北海道は夏本番を前にした過ごしやすい季節なのよ(例年は)。



こんなに暑いと自律神経やられるよね。
私も浮腫み、便秘、食欲もあんまりないですもん。
暑いから扇風機ガンガンかけてるけど、身体は冷えを招いてるとみえて代謝が悪いみたい。
皆さんも、どうぞお気をつけ下さいね。



フラワーレメディー「ウォルナット」3日目。
不思議と悪い習慣が遠ざかって行く感覚があります。



今までは波長が合わない(?)人に対して、気を遣っていたんだよね。
自分たち以外にも誰か居ればまだ良いのだけど、二人でいて何も話さないというのは何となく心地悪さを感じて会話を提供したり。
そう、心地悪さを感じたくなかったのかもしれない。



で、後になって「なんで私が会話を提供しなきゃいけないんだろ」って思ったり、話すことがないのなら別に無理して話さなくても良いんだよなって。



相手に合わせてるからこそ続いてる関係なら、そんな関係は要らないのよ!
そこで無理してるから、自分に合うタイプと知り合えなかったり離れてしまったりするんじゃないのかな?って。
少しづつ私も、そういうことを辞めて行こうと思います。
相手のことは嫌いじゃないけど、なんか波長が違うなって思う相手って居ますよね。
そういう方も含めて、徐々に関係性を変えて行きたいと思い始めた。



無駄に愛想を振りまいてたんだな、どんだけ印象を悪くしたくない人だったんだろ?苦笑。
好印象を与えたかったのか。



そして、もう一つの気づき。
いつの頃からか、「私って、べつに居なくても良いんじゃない?」と思い始めてた。
それは、たぶん子供の時からだ。



姉にばかり意識が向かう両親、不仲な両親。
私、べつに生まれてくる必要なかったんじゃない?
「なんで、此処に居るんだろ?」。
「生まれてくる家を間違えたのかな?」。
「我が家は、(姉)一人っ子で良かったんじゃない?」。
「私…、居る意味なくね?」。
「なんで私を産んだんだろ?」。

いつも、そのようなことを考えていたことを思いだした。



私って、必要ないんだ。
家族の一員だけど、べつに居ても居なくても変わらない存在なら「意味なくね?」、ずっとそう思ってきた。
存在の意味が分からなかった。



なんであの家族のモトに産まれてきたのか、何故に姉と姉妹なのか、なぜ私が第二子なのか(第一子で産まれたかったよ)、なんかスピリチュアルな疑問だけど。



第一子として産まれたかった。
今でも、そう思ってる。



そこが原因なのか否か、姉と張り合っていたと思う。
それに気づいたのは、ごく最近の話だ。
負けたくない、色んな意味で。
(だって、本当は、私が先に産まれるはずだったのにという悔しさがあるから)



たぶん、そこが姉に対する「私の劣等感」なんだろうな。
これも、最近になって気が付きました。



(必要ないなら、産まないで欲しかった)